日記・コラム・つぶやき

2009年10月24日 (土)

就活②

SPIっていうのは何だ?

常識テスト?

じゃあなんで本屋に攻略本が置いてあるんだよ。

このシステムにはちょっと疑問なんだよね。

企業がめんどくさがって一括にテストをすると、

問題集みたいなのがビジネスになってしまって、

本来の目的(常識力判断)が崩壊してしまっている。

単純で、答えのある問題ばっかりしてると頭がどんどん硬くなっていっていくな。

hp×MicrosoftのSHUKATU It's me プロジェクトみたいな問題こそ、

面白い(才能的な意味で)人を判断するには一番いいと思いますが。

Q「電気も来ていない村の人にパソコンの便利さを伝えるのにどうしますか?」

ちなみに自分の答えは、

A「パソコンばかり使っている人を無理やり連れてきて、その人がパソコンの無い生活にもがいている様子を村の人に見せる」 とか(笑

Sany1619

これは今日撮った近所の猫。特に意味はない。

就活①

就活や~。

大変だって、結構みんな嫌がってるな。

自分は英語×、漢字×、数学△ なアホだけども、

就活って、楽しいと思う。買い物するみたいで。

どれにしようかな~って選べるんだし。

やりたいと思える仕事のありそうな会社へ行って、

嘘をつかずに、ありのままを見せて、それでダメって言われたら、そこには向いていなかっただけじゃないか。入らなくて正解。

「私は貴社が、社員さんを大切にしてくれる会社だと思いましたのでここで働きたいと思っております。違うなら、どうか私を入れないでください。」

とさえ言ってしまおうか。

みんな受験みたいな苦しそうな顔してるけど、自分を売るんだったらもっと楽しんでいいと思う。

人生も、どんなことでも、大変なほど楽しいものだと思う。たとえ勝ち負けが最後に来たとしても、楽な遊びほどつまらないものは無い。

企業説明会に出向いて、大学院の必要性も確認しなければ。

就職したくないのに就活して、内定蹴って大学院行く奴がたくさん居るのは悲しい。

行きたくもない会社の内定を取るのは失礼極まりない。

Sany1612

これは21号館で撮った[ゆずレモンbyITOEN] 特に意味はなし。

2009年7月13日 (月)

本の信憑性について

いやぁ、暑い、というか熱い。まだまだ序の口ですか?そうですか。

今日は本のハナシ。

今技術者倫理の講義のレポートで、石○産業(株)のやっちゃった話についてまとめてるんだけど、情報源が乏しい!

ネットは頼りにならんのは当たり前かも知れんけど、この事を扱った本について思った。

 この事件についての書籍はあるけど、どれも完全に一人の意見で偏っていて、ある人はこれは政府の陰謀だ!とか、社長の理念がどうだとか、リサイクル製品というシステム自体を批判したりとか、まるでバラバラ。

 本ってこうなんだよね。本は一個人の意見でしかなく、ネットと同じぐらい参考にならないということ。だってどんな嘘を書いても表現の自由って事で書籍は出版できるわけだし、当てにならないのは当然。

結局いちばんまともなのは第3の目線から十分に検討されている(ハズ)の新聞やテレビ(NHK)なんだよね。

クローズアップ現代なんか今書きたいレポートそのもので、録画があれば喉から手が出るほど欲しい。

小説は別として、評論系の書籍は、あくまで「他人の独り言を参考までに」として読まないと大変です。

 自身、評論系の本を読むのが大変嫌いなわけですが、自分の理念にその著者の考えが侵害してくる気がして、それを理解して、肯定、あるいは否定したり、自分の考えを再確立する作業が精神的にかなりしんどいからなんだよね。でもそれがかえって自分を磨くのかもしれないけど、そこまでするか?みたいな。

「ガンは治る」とか胡散臭い書籍が横行する本の世界は、ネットと同じぐらい、むしろそれ以上に危険かもしれないと思ったのですよ。

2009年6月25日 (木)

不可逆

就職を考えていると、ふと10年後の自分はどうしているだろうかって思う。幸せかどうかじゃなくて、今のように夢があるのかと。

答えはハッキリ、NO。どんなに楽しい職場に勤めてても、希望や夢は確実に今ほどはないはず。

これは当たり前、いまはどの職業にもなれる「可能性」があるからな。

そこで思ったこと。

‘人は可能性を消費して生きる’ パチパチパチ

たとえば幼いころ、自分は男なんだと知った瞬間、女としての人生の可能性が全くなくなったことになる。

選択することも同じ。2つのうちどちらかを選択するとき、どちらかを決定した瞬間もう片方を失う。

子供のころ、なんとなくこの世界が希望に満ちていたのは、可能性があったから。サンタさんだっていたし、幽霊でさえ存在しえた。仮にその可能性を「太さ」と表現するなら、自分が通った跡は見るもむなしい細い線となっていく。あんなに楽しい想像を膨らませたのに、事実はたった一つだけ、知ってしまえばそれ以外の何ものでもなくなってしまう。

生まれた瞬間の可能性ポテンシャルを100とすれば、ゼンマイのおもちゃのようにそれを消費して、ついに0になる。

問1 本当に知識は人を豊かにするのだろうか。豊かだったのは何でもありの無知だった時代なのではないか。

ビートたけしがこの前クイズ番組の回答コーナーの締めくくりに、「すべての多角形の外角の和は360度!これでまたひとつ頭が固くなりましたね」と言った。

シュレディンガーの猫のように知る事によって世界が変質してしまうなら、知ることは恐怖でさえある。

あなたの目の前に伏せてあるカードをめくった瞬間、残念ながら、あなたはまたひとつ可能性を失ったことになる。

 

嫌やな、こういう話。

答→なら書くな。

2009年6月23日 (火)

ジャンク 100円~

まだ調子悪いっすね。3週間もぶっ続けで38℃でてるんで、だいぶ痩せましたよ。

ブログではなるべく元気に書いてるんだけど、学校には何とか行くものの、ほぼ死んでますね。健康ってほんとに尊いです。

さて、今日は、「ジャンク ノートPC、OS起動しません、部品取りにどうぞ」

こんなのよくオークションにありますね。でもこれが人間の子供だったらどうでしょう。

「息子、脳死です、臓器取りにどうぞ」

恐ろしいですね。臓器提供の改正法案を悪く言えばこんなかんじでしょうか。

臓器提供は難しいです。体の一部だけでも生かしてあげたい、そして助かる人がいる。

それもすばらしいことだけど、死ぬ人は死に生きる人は生きる。

自然の真理に逆らっても人間たらしく愚かです。

臓器提供は誰かの意思ではなく、本人でしか決められないことで、今回の法律のように親が決めれたとしても、すればあとから後悔する人もいると思います。

結論として、迷うならやめる。

自分は心と体は同じ場所にあることが望ましいと思います。

ノークレーム、ノーリターンでお願いしますね。

2009年6月 7日 (日)

日本人

ある有名なジョークがあります。

沈没しそうな客船で救命胴衣を着て海に飛び込まなければ助かりません。

船長が怖気ている一人の客に何とか飛び込んでもらおうと説得するシチュエーションです。

まず客がイギリス人だった場合、こう言いましょう。

「飛び込んでくれないと周りに迷惑ですから」

ドイツ人だったら、こう言いましょう。

「これは規則ですから」

イタリア人だったら、こう言いましょう。

「これは運命ですから」

そして、日本人だったらこう言いましょう。

「みんなやっていますから」

 

ちなみに、

周りがやるからやるという意識行動は人間の倫理的な意識レベルの最低ランクだそうです。

2009年5月18日 (月)

人とのSWR

今日の学校の実験はハムでおなじみのSWR(Standing Wave Ratio)についてだった、SWRってのは簡単に言うと回路から別の回路に電波が伝わるときの相性みたいなもんで、低いほど反射されずに無駄なく伝わっているということなんだけど、

こんなハナシ、人と人の間にもこんなものあるよなぁって。

波長の合う奴というか、10言って10ウケてくれる人と、ちっとも伝わらないというか、空振りになる人がいるような。

相手の価値観(インピーダンス)にマッチングしないと、きっと何を言っても伝わらないし仲良くはなれないんだと。

そんな中、SWRが∞の奴と今度共同プレゼン。

送信機みたいにぶっ壊れるかもシレない。

2009年5月13日 (水)

現代物理学の重さ

最近ノーベル賞とかの関係で現代物理学がテレビではやされてますね。

意味もわかってないキャスターのあやふやな説明もいやなもんですが、

とにかく自分はこの手の話が苦手です。

自分とは関係のない場所の話ならばどうでもいいんですが、数学や量子論はあまりにも身近すぎるから、そこに謎や新たな真実を発見することに恐怖を感じるのです。

保守的な意味ではないですが、たとえば自分が見ているものや触っているもの、実際にはすべてエネルギーであって波だったとかこの世は4、5次元空間だってあるとか、今までの自分が頼りにしてきたイメージをぶち壊すこの学問に抵抗を感じる人も多いと思います。

そのスリルというかロマンをわかった上で学を深め研究するならいいですが、最近のブームで、本当の意味を何もわかってない奴が面白半分でこういった事に首を突っ込むのが多くなっていると思います。個人で楽しむなら文句は言わないが、それを聞きたくもない人に自慢げに言うのはちょっといけない。

よく、子供が何もわからずに「タイムマシンがあればいいのに」なんて恐ろしいことを平気で言うのと同じです。

宇宙のでき方とか、本当の姿とか、知ってはいけない真実だってあるだろうし、知りたくない人もたくさんいるんだから、テレビとかで「どうだ?妙でなんか凄いことだろう?」みたいに押し付けてくるのは迷惑すぎる。

どうせ宇宙が縮んでなくなるなら、何も知らずに過ごしたいと思う人の理解もお願いしますよ。

とか言いつつ、放射線とか加速器とか大好きだったりする。

やっぱり現代物理学はロマンがある。

2009年5月12日 (火)

エコポイントっておい

エコポイントのことがニュースでやってるんだが、そのことについて前から思ってたこと。

こんなんエコじゃない!

電力効率が良い(省エネ達成率が高い)ものほどポイントがつく。これはエコな気もする。

問題は大きな製品ほど割引という所。高い分ポイントも多いってのはわかるが、本当の目的は企業にとって儲けの多い大型で高価な製品を買わそうとしていると思う。

メーカーがどれだけ大型製品に技術を注いでも、やはり小さな製品のほうが断然消費電力が小さい。

「小さなテレビでいいや」って思ったエコな人はポイントが少くて、「デッカイテレビで最新式のやつがいい」って人はたくさんポイントがつく。

しかも小さな製品しか買えない低所得者は恩恵が受けられない。

政治は企業と癒着してると割り切って、経済刺激が目的なら、いっそ「エコ」という言葉を取り消してほしい。

省エネ達成率も大事だけど、製品の「消費電力やRoHS、耐久年数」で商品を選んでほしい。特に耐久年数は大事。すぐに買い替えてたら化石燃料より先にレアメタルが枯渇してしまう。

エコって言葉が嫌になってきた今日この頃。2020年ぐらいには死語だよきっと。

2009年4月13日 (月)

TVが・・

うるでびのブログでも言ってるように、最近テレビがつまらなくなった気がする。

自分が変わったわけじゃないと思うんだけど、つまらん。

面白い番組ももちろんあるけど、無理に視聴率を稼ごうとしている感じが染み出ている気がする。大好きなNHKでさえそんな感じになってきたかも。

新年度でテレビプログラム編成が変わって、新しい番組に慣れなくてはいけないと思っても、親しみを感じなくなってしまって10分もしないうちに電源が切れている。

楽しみの番組がないのは思ったよりも悲しい。

2009年3月21日 (土)

アリかキリギリス

お金を使わない若者が増えてるらしい。

無駄なことにお金を使うのは良くないが、そうではなく、買いたいものも楽しむ事も我慢して、不安な将来のために、ただ働いてひたすら貯めるという。

アリとキリギリスのアリタイプってところか。

こだわりのモノを手に入れるためにがんばって働く楽しさだってあるんじゃないか?

先を見据えてまじめに働いて楽しいこともなく長生きするのか、楽しく遊んで今を生きるのか。

アリとキリギリス、どっちが幸せなんだろうな。

2009年3月 9日 (月)

大人の質

今の日本はまさに無政府状態じゃないですか?

自民党はぼろぼろだし、民主党もナヨナヨだし、世論では70パーセントがどちらも政権にふさわしくないといってます。

最近大人の質が低下してませんか?小さいころ「大人ってすごいな」って思ってたのに、最近では子供みたいな大人とかが目立ちます。平気で嘘をつく大人、責任を擦り付け合う大人、わがままで自己中な大人etc..。

自分が昔想像していた大人ってのは、昔の大人。戦争を経験して、何も無い焼け野原から日本を作り上げた人々です。

でも今の大人は戦争を知らず、苦労を経験せず、何でもやってもらって生きてきています。

大人になれば誰でも難しい顔になって、難しいことを考えて、正しい選択ができるようになるんだと思っていたけれど、やっぱり子供時代に苦労もせずにヘラヘラ生きた人間は大人になってもそのまんまだということ。

今の「頼りない大人」世代に育った子供は、きっと立派な大人になるでしょう。

満ち足りた世界からは何も生まれないのです。

2009年2月27日 (金)

仏滅

カレンダーの仏滅とか気にしてます?

基本占いは信じられないタチなんだけど、書いてあると気になります。

せっかくの楽しみな日なのに仏滅ってテンション下がる。

今日は遠くまで昼食に電車で出かけたら定期わすれて金取られて、下車駅で昔キセルしたときの切符を間違って渡してしまって大変なことになりました。

過去の過ちは過ぎたハナシじゃ済まされないと痛感。

そんなこんなで昼飯代がなくなったので、上天丼食うつもりがスガキヤのラーメンに大きく格下げ。最近ラーメンばっかりで嫌になる。

以上、つまらない話でした。

2009年2月21日 (土)

現代医療って

バイト先のチーフが愚痴っていた。

「腰痛で病院行ったのにわかりませんといわれた」と。

‘病院行っても治らない’というのはよくあること。現代医療ってそんなに進んでないんですよ。テレビで凄そうにやってるのはほんの一部で、実際にはすべての病気のうちほとんどが未解明。あのインフルエンザでさえ治療薬ができたのはつい最近。しかも2種類しかない。

 残念なことにみんながかかる病気ばっかり研究が進んでいるので、ちょっとマニアックな病気になるととたんに医者はサジを投げる。薬もそう。ほとんどの薬はよくある病気のために開発された。当然だ。医者も製薬会社も商売をしているから、割に合わないことはしない。一人の命を救う薬よりも1万人の鼻水を止める薬を開発する

結局、現代医療ってそんなもの。期待は禁物。「少数派の病気は治らない」で当然と肝に銘じておくがいい。

きょうはそんな夢の無い話。

2009年2月 7日 (土)

10万年に1秒

最近電波時計って良く聞きますよね。

そうです、10万年に1秒しか狂わないっていうアレです。

しかし、自分が使っているのは機械式時計の懐中時計です。1日に10秒ぐらいずれます。

そんなズレは機械式なら当たり前なんです。昔はテレビ番組ですらそのぐらいは予定時間より遅れたりしてたぐらいです。何せ正確な時計が無かったんですから、みんなのんびりだったはずです。

今の時代は秒単位で世界が移り変わっています。株も秒単位のずれが大損害を招きます。オークションの入札だってそうです。‘電波時計の正確さ’はまるでそんな時代を表しているかのように思えますよね。

そんな時代が窮屈だとおもいませんか?自分は自分の時間で生きたいですよね。

この前大学で休憩してて、ふと時計見たらもう2時半だ!テストが始まるじゃないか!と思って焦って急いで講義室に駆け込んだら、実際にはまだ1時半で、ほかの講義の最中。すっごく恥ずかしい経験をしました。

この秒単位のめまぐるしい世の中で、自分の時計が1時間もズレていても、平気な顔をしていられるような、そんな男になりたいです。

機械式時計にはそんな「ズレる」ロマンもあるのです。

2009年1月28日 (水)

なんとでもなる

桑田真澄さんが早稲田の院に合格した話、いいですね、夢があって。

自分みたいにエンジニアになりたいしデザイナーにもなりたい「2頭追う者」は、いまどちらもというのは無理だけど、人生は長いんだからいろいろしてから挑戦したらいいってことか。

そのまんま東も芸人になりたくて芸人になったけど政治家になりたい夢を持ち続けていたから、大学に合格し立派な知事さんになられたんですよね。

いまどんな大学を出るかで一生が決まるわけでもないし、熱意があれば後からどうにでもなるので、夢をあきらめずに急がずにやっていけばいいんですね。

大学を現役合格しても浪人しても、いまは大学に行かなくても、将来の夢が制限されることはないです。

それにしても、テストで徹夜したりなんだりで最近忙しくてなんも遊べてないな。今はぐっと我慢です。

この前の重要なテストは暗記していた公式みたいなのが微妙にまちがえてて、ガックリ。

惜しい。残念、正確な公式まであと2尺8寸足らず。

2009年1月16日 (金)

不規則

1月は期末テストだらけ。

昨日は38時間一睡もできなかった。

その分今日は一日中寝てたんですが。

さて明日はセンター試験、大学受験生さま、最後の詰め、お疲れ様です。

懐かしいですね、あの頃は大変だったなぁ。いい思い出だ。

受験戦争なんて幸せな苦しみですね。

負けても死にゃしない。

2009年1月13日 (火)

人を喜ばせるという才能

自分が絵を描いたりモノを作ったりしてるのはほとんど趣味なんだけど、それでも友達にすごいねとか言われるととてもうれしいわけです。このブログを見てくれている人がいるだけでとてもうれしいのです。

すごいねって言ってくれる人の中には「自分にはなにも才能がなくて」っていう人がいるけど、仮に本当に趣味や特技がなかったとしても、人を認めて「すごいね」って言ってあげて、喜ばせてあげられる事は才能です。

何かの才能がある人は、他の人を馬鹿にしたり、認めなかったり、ひがんだりする事がけっこうあります。大人げないです。自分の一番嫌いなタイプの人間です。

きっと、ゆるぎない「自分」を持っている人が、他人を認めてあげたり、「すごいね」と言ってあげられるのです。たとえその「自分」が「才能のない自分」であっても。

「すごいね」って言ってあげられることはすばらしいことです。

話し上手もいいけど、聞き上手の人のほうが出世するんですよ。

2009年1月 9日 (金)

物欲は煩悩?

ある友達に「何か今欲しい物ある?」って聞いたら、

物欲に翻弄されてはいけないよみたいなことを言われて、ちょっと疑問に思った。

もちろんこの平和な世の中で衣食住足りてるだけで十分幸せなことは当然だけど、物欲は煩悩ではないと思います。そりゃあれもこれも欲しがるのは問題。でも、モノにこだわりを持って、あこがれるのは男のロマンですよ。

欲しいものがあると、そのこと考えてるだけで楽しいし、夢があって活き活きします。

物欲は悪いことじゃないですよ。心が元気な証拠。

そんな気がした今日の午前。

2008年12月30日 (火)

WEEDとは何か

我々のホームページ「West and East Entertainment Development」とは果たして何なのか。

誰でもかけそうな下手な絵をアップして、ばかみたいな曲をアップして、我々は何をしているのか。ある人はそれをクダラナイと表現したりします。でもクダラナくていいのです。

よく蒼い人間が「人生の意味は」とかいいます。みんな難しく考えすぎです。まず意味ってそんなに必要なものでしょうか。芸術に意味はありますか?なんとなくプチプチをつぶしてみたくなることに意味はありますか?人間の素晴らしいところは意味のない所に価値を見いだせるところだと思います。

その名も無意味良品というキムスネイクさんの番組がBSフジでやっていたんですが、そのモットーは「意味はなくても価値がある」です。

思い出してください、上手い下手関係なく黒板やノートに「落書き」という数々の作品を描いて心から楽しかった日々を。それこそがWEEDだと思うのです。

2008年12月20日 (土)

ちきゅうにやさしい

最近は特に環境によいことを売りにするハナシをよく耳にします。

で、思ったんですが、地球にやさしいという言葉、おかしいですよね。

たとえばレジ袋、あんなもの、もらってももらわなくても、車で買いに行ったらその時点でレジ袋一袋分の何倍ものCO2出してるし、ほんとに五十歩百歩なんですよね。火力発電してる時点でアウトですよ。

さて、ここで地球さんの言いたいことを日本語に翻訳すると、

「私のためを思うなら、レジ袋はいいから、人類よ、消えてください。」

ということです。さあ、あなたは地球のために死ねますか?

ヒトはこの上なく自分勝手な動物ですね。「ちきゅうにやさしい」まで商品化ですか。

2008年11月29日 (土)

携帯に寄生される人々について

電車の中をみまわすと寝てる人も多いけど何といっても夢中でケータイにかじりついてる輩がいる。

彼らのうち重症な者は携帯に寄生されているよう。

ケータイが軽く小さく薄く便利になると、彼らの時間はどんどん浸食されていく。

リチウムイオン電池の開発により長時間使えることになったことで、外出先でも講義中でも彼らはあの「ン゛~、ン゛~」から解放されることはない。

最近ウォータープルーフ(防水)の機種がでたらしい。

ゆいいつの安らぎの時間であった風呂の時間まで彼らはそれから逃げることは不可能になった。

ケータイは彼らを殺そうとしているのか。

はたして。

2008年10月28日 (火)

芸術家は理系か文系か。

アートは理系なのか文系なのか、きょうはそんな話です。

自分はこの問題に高校の頃、悩まされました。日本の高校では理系と文系を選択するというイベントが進路にあるのです。そこで問題になるのがアートです。ピアノがめっちゃうまい友達は文系を選択しました。芸術大学の試験には物理はないからです。しかしこれで本当にいいのでしょうか。文学や宗教は文系、では経済学は文系でしょうか。数学的解決の要素が十分に含まれています。自分がなりたいエンジニアリングデザイナーは芸術的センスと理学的センスが必要です。ところが理文選択があるせいで日本の製品は、デザインは文系のデザイナー、中身は理系のエンジニアの担当になってしまいます。そうです。行き着くところはアート(クリエイト)なのに最初に進む道が180度違うことになってしまいます。このため中身を知らないデザイナーと芸術を知らないエンジニアはたびたび企業の企画会議で対立してしまうようです。これではいけません。

アートだけではありません。物事の本質は何かという哲学的な問いに答えを見出す最終的な手段に、近代物理科学を用いてアプローチする人もいれば思想的にアプローチする人もいます。

このように究極の目的に到達するためには理文選択というプロセスは不必要もしくは逆に悪影響を与えると思うのです。理系文系の区別なく、やりたい学問を学んでいくべきだと思ったのです。安易な理文選択は才能の芽を2分の1摘んでしまうのです。

そう思ったことありませんか?

ないですか。そうですか。