学問・資格

2009年7月22日 (水)

遮光板イラネ

何万というオーダーのブロガさんが日食の記事書いてるんだろうな。

そして全国の遮光板は明日にはプラスチックゴミなのね。

そんな自分も部分日食とはわかりつつ、ひそかに遮光板買って、カメラ準備してた。

で、名古屋は曇り。「その時」は講義中なので抜け出そうかと思ってたんだけど、そんなもんばかばかしい、みたいな空気が講義室を取り巻いてたし、明らかに曇ってたので見えないだろうと思い断念。講義室から窓越しにみえる他の建物のベランダに残念そうな顔して帰っていく人が見えていたしね。

曇りでも、もちろんある程度暗くなって、セミがいっせいに鳴き止んでましたよ。

 今回の日食、思うことは

日食自体はすごいことじゃなくて、日食が起こるということを人類が予期できていることがすごいんだと思う。皆既のところでは動物は相当慌てたとおもうけど、人類は月や地球の軌道や回転速度を計測、計算して、分単位まで正確に予測したし、それを楽しんだりぼったくりツアーまでできた。これぞ文明、科学じゃない?ってさ。

こんなブログ見てる暇があったら各党のマニュフェストの間違い探しをしましょう。

2008年10月28日 (火)

芸術家は理系か文系か。

アートは理系なのか文系なのか、きょうはそんな話です。

自分はこの問題に高校の頃、悩まされました。日本の高校では理系と文系を選択するというイベントが進路にあるのです。そこで問題になるのがアートです。ピアノがめっちゃうまい友達は文系を選択しました。芸術大学の試験には物理はないからです。しかしこれで本当にいいのでしょうか。文学や宗教は文系、では経済学は文系でしょうか。数学的解決の要素が十分に含まれています。自分がなりたいエンジニアリングデザイナーは芸術的センスと理学的センスが必要です。ところが理文選択があるせいで日本の製品は、デザインは文系のデザイナー、中身は理系のエンジニアの担当になってしまいます。そうです。行き着くところはアート(クリエイト)なのに最初に進む道が180度違うことになってしまいます。このため中身を知らないデザイナーと芸術を知らないエンジニアはたびたび企業の企画会議で対立してしまうようです。これではいけません。

アートだけではありません。物事の本質は何かという哲学的な問いに答えを見出す最終的な手段に、近代物理科学を用いてアプローチする人もいれば思想的にアプローチする人もいます。

このように究極の目的に到達するためには理文選択というプロセスは不必要もしくは逆に悪影響を与えると思うのです。理系文系の区別なく、やりたい学問を学んでいくべきだと思ったのです。安易な理文選択は才能の芽を2分の1摘んでしまうのです。

そう思ったことありませんか?

ないですか。そうですか。