本の信憑性について
いやぁ、暑い、というか熱い。まだまだ序の口ですか?そうですか。
今日は本のハナシ。
今技術者倫理の講義のレポートで、石○産業(株)のやっちゃった話についてまとめてるんだけど、情報源が乏しい!
ネットは頼りにならんのは当たり前かも知れんけど、この事を扱った本について思った。
この事件についての書籍はあるけど、どれも完全に一人の意見で偏っていて、ある人はこれは政府の陰謀だ!とか、社長の理念がどうだとか、リサイクル製品というシステム自体を批判したりとか、まるでバラバラ。
本ってこうなんだよね。本は一個人の意見でしかなく、ネットと同じぐらい参考にならないということ。だってどんな嘘を書いても表現の自由って事で書籍は出版できるわけだし、当てにならないのは当然。
結局いちばんまともなのは第3の目線から十分に検討されている(ハズ)の新聞やテレビ(NHK)なんだよね。
クローズアップ現代なんか今書きたいレポートそのもので、録画があれば喉から手が出るほど欲しい。
小説は別として、評論系の書籍は、あくまで「他人の独り言を参考までに」として読まないと大変です。
自身、評論系の本を読むのが大変嫌いなわけですが、自分の理念にその著者の考えが侵害してくる気がして、それを理解して、肯定、あるいは否定したり、自分の考えを再確立する作業が精神的にかなりしんどいからなんだよね。でもそれがかえって自分を磨くのかもしれないけど、そこまでするか?みたいな。
「ガンは治る」とか胡散臭い書籍が横行する本の世界は、ネットと同じぐらい、むしろそれ以上に危険かもしれないと思ったのですよ。

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